東京地方裁判所 平成6年(ワ)22162号 判決 1998年8月10日
原告
廣田志津子
右訴訟代理人弁護士
安西愈
同
井上克樹
同
外井浩志
同
込田晶代
同
渡邊岳
被告
中央ビル管理株式会社
右代表者代表取締役
西川洋一
右訴訟代理人弁護士
山口博久
同
安井規雄
主文
一 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成六年一〇月から本判決確定の日まで毎月二五日限り、金二二万四九〇〇円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第二、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、原告が、被告のした解雇が解雇権の濫用に当たり無効であるとして、被告に対し、雇傭契約に基づきその地位の確認及び賃金の支払いを求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 当事者等
(一) 被告は、平成六年八月一〇日に死亡した西川正一(以下「亡正一」という)が設立した太洋海運インターナショナル株式会社、太洋総合企業株式会社、赤坂七番街ビル株式会社、和洋興業有限会社と同様亡正一によって設立された(以下右五社を総称して「西川グループ」といい、個別には「株式会社」、「有限会社」を略して称する)不動産管理並びに賃貸借等を主たる業務とする株式会社である。
被告の役員は四名で、亡正一(代表取締役)、その長男西川洋一(以下「洋一」という)、長女西川照美(以下「照美」という)、次女西川和子(以下「和子」という)の四名であったが、平成六年四月一九日に亡正一が意識不明の重態になった後は、洋一が主として業務を執行するようになり、洋一は、同月二六日、代表取締役の職務代行者(以下「社長代行」という)に就任し、同年六月一五日、亡正一に代わって代表取締役となった。
(二) 原告は、平成五年三月八日に被告に期間の定めなく雇用され、少なくとも月額二二万四九〇〇円の賃金を得ていた。その支払方法は、二四日締め当月二五日払いであった。
2 本件解雇
(一) 洋一は、社長代行であった平成六年六月二日、西川グループの全従業員に対し、経理関係について次のような通知を発した(書証略)。
<1> 現金(事務用品など通常の小口現金は除く)、小切手などの出金、入金、移動を行う場合は、前もって私の承諾を得ること。
<2> 社長及び会社の印鑑は社内の金庫内に大切に保管し、使用するときは必ず私の許可を得ること。
<3> 会社の書類をみだりに移動したり保管場所を変更しないこと。
<4> 経理担当者は、毎日の経理業務報告書を正確に記入し提出すること。
(二) 洋一は、平成六年八月一八日付け通知書(書証略)をもって、原告が前項記載の業務方針に従わないため被告の業務運営に支障をきたしているとして、労働基準法二〇条に基づいて原告を同年九月二四日をもって解雇する旨の予告をし、同年九月一日、口頭で自宅待機を命じるとともに、同月二日付け書面で、同月一日付けの自宅待機を命じた(書証略)。
二 主たる争点
本件解雇の有効性
1 原告の主張
原告には被告の業務方針に反した事実はなく、本件解雇にはなんら客観的合理的な理由がない。なお、本件解雇の背景には、亡正一が執務にあたることができなくなって以来洋一、和子と照美の間に確執が生じ、たまたま照美の下で働いていた原告及び吉田が解雇されたという事情がある。
したがって、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効である。
2 被告の認否及び主張
原告の主張は争う。
原告には、次のとおり、懲戒解雇にも値する事情があったが、原告の将来を考慮して労働基準法二〇条に基づく通常解雇をしたものであって、本件解雇は有効である。
(一) 原告と太洋海運インターナショナルの従業員であった吉田昭子(以下「吉田」という)は、ともに西川グループの経理処理を担当していたところ、右両名は、亡正一が意識不明の重態となった直後から、被告や太洋海運インターナショナルの預金口座から総額一億一〇〇〇万円余りの巨額の金員を無断で引き出すなどの背任行為をした。
(二) 原告、吉田及び照美は、平成六年四月二八日の業務終了後、相談して被告及び太洋海運インターナショナルの印鑑類、不動産の権利証等重要書類を洋一の手に渡らないように隠匿するなどの背任行為をした。
(三) 洋一は、平成六年五月二三日午前、太洋海運インターナショナルの印鑑が必要になって、吉田に対し金庫から右印鑑を出すように指示した際、吉田が「金庫には印鑑はない。最近印鑑は見ていない」旨回答したので、同日午後、警察に印鑑の紛失届を出すよう指示した。それに対し、吉田は「もう出してある」と答えたので、洋一が再度探してみるように指示したところ、その後吉田は見つかった旨の報告をしてきた。そこで、洋一は、吉田に対し、右紛失届を取り消すよう指示した。ところが実際に、紛失届は出されていなかった。
このように吉田は、洋一の業務上の指示に従わず、社長に対し虚偽の事実を申告した。
(四) 右のほか、原告の経理処理には不備、不正があり、適正さが欠如しており、原告には経理処理能力が欠如している。
<1> すなわち、原告は、現金残高表の作成を担当していたが、平成六年六月分、七月分が未完成のままであるし、現金残高表と実際の現金額が一致していないなど、原告の経理処理は全く帳簿の体をなしておらず、原告に経理処理能力はない。
<2> 被告が所有管理するビルの賃貸料が被告の普通預金口座に振込送金された(平成六年七月二五日)にもかかわらず、原告は、現金受領したとして処理するなど、会計処理の初歩的能力を欠いている。
<3> 原告は、被告が平成五年四月から平成六年三月までの従業員の雇用保険として預かり計上すべき金額を過大に計上するなど帳簿上の記載に誤りを生じさせただけでなく、被告に損害を与えた。
<4> 原告は、被告が所有管理するビルの賃貸借契約の更新(平成六年二月二八日)の際に受領した更新料について帳簿上に記載しておらず、経理上の不正行為をした。
<5> 原告は、被告の元帳の作成を担当していたが、平成六年六月分は不完全であり、七月分以降は全く記入していないなど帳簿の作成を怠った。
<6> 原告は、被告が平成六年五月二四日に預金の預け先を太平洋銀行から同栄信用金庫に変更した際の経理処理を一か月近くも後に行った。このような経理処理は、不正防止のため、その日か遅くとも当月内に処理して翌月に回すべきではないのに、原告はこれを一か月近く放置するなど、およそ経理の基本原則を知らないし、経理処理の適格性を欠く。
<7> 原告は、太洋海運インターナショナルが司法書士に支払った報酬について控除した源泉所得税額を仕分け表に記載せず、計上洩れを生じさせ、正しい経理処理を怠った。
<8> 原告は、被告の従業員全員の平成六年七月支給の賞与に対する源泉所得税額を過納付して被告に損害を与えた。
<9> 西川グループの中の太洋総合企業が税務調査を受けた際、税務署員から、経理帳簿の杜撰さ、不備を厳しく指摘された。
(五) また、原告は、平成六年八月一七日、吉田とともに勤務時間中無断で職場を離脱し、外出するなど、勤務態度は万事がルーズであった。
(六) さらに、原告は、自分の失敗を他人に押しつけたり、従業員を馬鹿にしたり、独断で業務を行ったり、他人の話を聞こうとせず、平気で虚偽の事実を申告する等、被告従業員としての適格性を欠いていた。
3 被告の主張に対する原告の認否
被告が主張する本件解雇の理由(一)は否認する。原告は、亡正一が意識不明の重態に陥った後、洋一及び和子から「会社と正一個人の貸借関係をきれいにするのでリストを出して欲しい」と指示されて、そのリストを作成したことはあるが、実際に現金を洋一に無断で引き出したことなどない。
同(二)は否認し、同(三)は吉田の行為(真偽はともかく)であるから、原告には関係がない。
同(四)<1>は争う。被告が現金残高表と主張するもの(書証略)は、被告の正式書類ではなく、原告が帳簿と伝票の数字をチェックするために個人的な心覚えとして作成した、いわばメモにすぎないものであるから、完全なものでなかったからといって被告から非難されるようなものではない。
同(四)<2>ないし<4>は否認ないし争う。いずれも原告は関与していない。
同(四)<5>のうち、元帳の平成六年六月分が未完成で、七月分以降記入していないことは認める。これは、元帳作成の基礎となる伝票が原告に回されたのが平成六年七月二一日であり、その後和子から六日間の休暇を取るように言われ、完成させる時間がないうちに本件解雇に至り、完成させることができなかったものであるから被告から非難される理由はない。
同(四)<6>は否認ないし争う。原告は預け先の変更については知らなかったから、その帳簿処理をすることなどできなかった。
同(四)<7>及び<8>は否認ないし争う。いずれも原告は関与していない。
同(五)のうち、平成六年八月一七日に原告と吉田が勤務時間中に外出した事実は認め、その余は否認する。右外出は、照美の指示によるものであり、無断外出ではない。
同(六)は否認ないし争う。
第三当裁判所の判断
一 本件解雇に至る経緯
(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む)、右証拠中これに反する部分は信用できず、採用しない。
1 西川グループ五社は、いずれも亡正一によって設立されたものであるところ、被告、太洋海運インターナショナル、太洋総合企業は亡正一が意識不明となって重態に陥るまでは代表取締役として業務を執行しており、亡正一が倒れてからは洋一が代表取締役となった。一方、赤坂ビル七番街及び和洋興業は、設立当時から洋一が代表取締役に就任していた。西川グループは、それぞれ別法人ではあったものの、その具体的な業務については、一体として行われている部分もあり、太洋海運インターナショナルが日本橋に所有する太洋ビル内の日本橋事務所と同社が赤坂に所有するアカサカセブンスアヴェニュービル内の赤坂事務所で行われていた。
亡正一が倒れる以前は、亡正一が日本橋事務所、洋一が赤坂事務所(ただし、アカサカセブンスアヴェニュービルが完成する昭和五八年以前は日本橋事務所)でそれぞれ主として執務していたが、亡正一が倒れた後は、洋一が両事務所を行き来しながら西川グループの業務執行にあたった。
亡正一の長女照美は、被告役員として日本橋事務所において亡正一の手伝いをしていた。とはいえ、亡正一は、いわゆるワンマンであり、業務全般について、絶大な権限を持って、指示命令を下しており、従業員は亡正一の許可なくしては何事もできなかったし、その指示には全面的に従っており、照美にしても、「専務」と称していたものの、実質的な権限が大してあったわけではなく、亡正一の指示に従って、従業員の給与、雇用保険関係の業務を行っていた。
亡正一の次女和子も西川グループ各社の役員として業務に関与していたが、海外にいることが多く、日本で仕事をするときは、亡正一が倒れるまでは主として赤坂事務所において執務しており、亡正一が倒れた後は洋一に協力して、日本橋事務所と赤坂事務所を行き来しながら業務を行うようになった。
2 原告は被告の、吉田は太平洋海運インターナショナルのそれぞれ従業員であったが、両名とも西川グループ全体の経理を担当していた。といっても、原告は、経理のうち、各担当者から回ってくる伝票を集計して日計表、月計表、累計表を作成するのが主たる業務であり、伝票類の作成、現金の出し入れには関与していなかった。また、吉田は、主として公共料金などの定期支払いに関する伝票類の作成、銀行からの現金の出し入れのほか一般事務を担当していたが、経理関係について資格等は有しておらず、すべて亡正一に指示されるままに行っていた。小口現金について担当者は徳永慶也であったが、吉田が事実上の出し入れをしていた。
3 平成六年四月一九日、亡正一が倒れた当時、洋一と和子はシンガポールにいたが、知らせを聞いて急遽帰国し、亡正一のもとに駆けつけた。この日亡正一の預金から二〇〇万円、同月二〇日、同じく亡正一の預金口座から六三五万七三三一円、被告の預金口座から一〇〇〇万円、同月二八日、太洋海運インターナショナルの預金口座から二五〇〇万円、同年五月一七日、太洋海運インターナショナルの預金口座から二〇〇万円がそれぞれ引き出され、同年四月二八日には、太洋海運インターナショナルのあさひ銀行の普通預金口座から六〇〇〇万円が引き出され、それが同じく太洋海運インターナショナルの太平洋銀行の定期預金口座に入金され、五月一七日、太洋海運インターナショナルの預金口座から四〇二万五二一〇円が引き出され、それが亡正一の預金口座に入金されるなど合計一億一〇〇〇万円余りの預金の移動があった。
また、洋一は、昭美、原告及び吉田らが被告や太洋海運インターナショナルの印鑑類、不動産の権利証等の重要書類を隠匿したという噂を耳にしたり、平成六年五月二三日午前、吉田に太洋海運インターナショナルの代表者印を出してくるよう指示したところ、見あたらないとの回答があったりしたことから、同年五月一六日、従業員全員に対し、「つきましては、今後は社長代行西川正一と社員一丸となって、西川正一の創業精神を尊重し、鋭意社業に邁進くださいますようにお願いします」との通知(書証略)を発し、同年六月一日、取締役を開催し、その決定(書証略)に沿って、同月二日、西川グループの全従業員に対し、経理関係の適正化を求め、経理関係について「<1>現金(事務用品などの通常の小口現金は除く)、小切手などの出金、入金、移動を行う場合は、前もって社長の承諾を得ること、<2>社長及び会社の印鑑は、社内の金庫に大切に保管し、使用する場合は、必ず私の許可を得ること、<3>会社の書類などをみだりに移動したり保管場所を変更しないこと、<4>経理担当者は、毎日の経理業務報告書を正確に記入し、提出すること」とする通知を発するとともに、前従業員に右書面に署名捺印して提出することを求めた。原告及び吉田もそれに対し、右書面に署名捺印して提出した(書証略)。
4 その後、洋一は、平成六年八月一八日付け通知書(書証略)をもって、原告が前記の経理関係についての業務方針に従わないため被告の業務運営に支障を来しているとして、労働基準法二〇条に基づいて原告を同年九月二四日をもって解雇する旨の予告をし、同年九月一日、口頭で自宅待機を命じるとともに、同年九月二日付け書面で、同月一日付けの自宅待機を命じた(書証略)。
二 本件解雇の有効性
まず、使用者は、原則として雇用者を自由に解雇することができるが、右解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効となる。そこで、本件解雇の有効性について、被告の主張する解雇事由を中心に検討する。
1 一億一〇〇〇万円余りの預金の移動について
(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、洋一も和子も原告や吉田に対し預金の移動等を指示したことはないこと、照美が西川グループの女子事務員に命じて預金の移動をしたことを認めたことがあること、原告は預金の出し入れには一切関与していないこと、亡正一は西川グループに貸付をしていたが、亡正一と西川グループの貸借関係を明らかにする書面(書証略)を原告が作成したことが認められる。
原告は、右書面は洋一と和子の指示によるとしている(書証略、別件の証人尋問調書)が、亡正一の倒れた時期、預金の移動時期、一億一〇〇〇万円余りの金員をめぐって洋一、和子と照美の間で争いとなっていること(書証略)からすると、原告の別件における右証言部分は信用できない。
しかし、前記のとおり、原告が直接預金の移動に関与していないことは明らかであるし、仮に照美の指示で右書面を作成したとしても、一億一〇〇〇万円余りは最終的に亡正一の口座へ入金されており、右については洋一も首肯するところであり(書証略)、右書面の作成や預金の移動は、被告との関係でどのような背任行為に当たるのか判然とせず、原告の被告に対する背任行為であるということはできない。
2 印鑑類、不動産の権利証等重要書類の隠匿行為について
被告は、平成六年四月二八日の業務終了後、照美、吉田及び原告が隠匿行為の相談をしたと主張し、洋一及び和子は別件における本人尋問や証人尋問において右の趣旨を述べる(書証略)が、右はいずれも伝聞ないしは推測であってにわかに信用することはできない。また、報告書(書証略)、陳述書(書証略)にも同趣旨の記載があり、市川繁は、別件の証人尋問において同趣旨の証言をしている(書証略)。
しかし、これらによれば、同月二八日、集ったのは吉田や原告のように日本橋事務所の従業員ばかりでなく、赤坂事務所の従業員もいたこと(赤坂事務所の従業員もいたとすると、容易に洋一や和子の知るところなることが予想される)、照美も洋一に協力する意思を明らかにしていること(書証略)、右の各証拠は、全体として具体性を欠いていることなどからすると、不自然であって、にわかに信用することができない反面、原告及び吉田はこれを否認し、当時集った趣旨は、照美から洋一に協力するようにと要請することであった旨明確に述べていること(書証略)などからすれば、被告主張のような隠匿行為があったことを認めることはできない。
3 印鑑紛失の件について
吉田が洋一から印鑑を持ってくるように指示された際、吉田が印鑑が見あたらない旨回答した事実は前記のとおりであるが、被告の主張によっても、印鑑紛失の件に原告の関与までは主張していないし、これを認めるに足りる証拠もない。
4 原告の経理処理及び経理処理能力について
被告の主張(四)<1>(現金残高表の作成等)については、(書証略)によれば、被告が原告作成の現金残高表であると主張する書面(書証略)は、被告の正式書類ではなく、原告が帳簿と伝票の数字をチェックするために個人的な心覚えとして作成した、いわばメモにすぎないものであることが認められる。そうだとすれば、右書面に不備な点があったとしても、それをもって、原告の経理処理の不備、経理処理能力の欠如ということはできない。
被告の主張(四)<2>ないし<4>、<7>及び<8>のうち、<2>の賃貸料、<7>の司法書士に対する報酬については、前記のとおり原告は伝票(書証略)作成義務をしていないし、<3>、<8>の雇用保険関係及び給与関係はいずれも前記のとおり照美が行っており、<4>の更新料等は、(書証略)によれば、石川恒康、その後は徳永慶也の担当であったことが認められ、いずれも原告の関与するところではない。
被告の主張(四)<5>(元帳の作成)について、元帳の作成が原告の業務てあり、六月分が不完全、七月分以降が未記入であることは当事者間に争いはない。しかし、(書証略)によれば、元帳作成の基礎となる伝票が原告のところに回ってきたのが平成六年七月二一日で、その後和子から六日間の休暇を取るように言われ、完成させる時間がないうちに本件解雇に至ったことが認められるのであって、このような事情からすれば、元帳の作成について原告の経理処理やその能力を非難するのは酷にすぎるというべきである。
被告の主張(四)<6>(預金の預け先の変更)については、(書証略)によれば、原告は預金の預け先の変更について知ったのが和子から書類を受領した七月二一日であったことが認められることからすると、この点についても被告の原告に対する非難は当たらない。
被告の主張(四)<9>(経理帳簿の杜撰さ)について、(書証略)には、被告の主張に沿う部分がある。しかし、前記のとおり、原告が担当していたのは経理の一部であるし、それも亡正一の指示に従って行っており、それをもって原告の経理処理やその能力を非難するのは不当である。
5 無断外出について
平成六年八月一七日に原告と吉田が洋一に無断で外出したことは当事者間に争いがない。しかし、(書証略)によれば、右外出は照美の指示によること、原告及び吉田は帰社後洋一の指示に従って外出届を提出していることが認められる。原告及び吉田としては、被告の役員であり、それまで指示を受けていた立場であったことから、照美の指示を拒否することはできなくても当然であるし、帰社後は洋一の指示に従って外出届を出して、反省の態度を示していることからすれば、この点について原告を非難するのは酷にすぎるというべきであるし、その他原告の勤務態度がルーズであったことを認めるに足りる証拠もない。
6 原告の勤務態度について
被告の主張に沿うかのような報告書(書証略)もあるが、そもそも被告の主張自体抽象的であり、到底認めることはできない。
以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないというほかないから、権利の濫用に当たり無効である。
したがって、原告は、被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあり、被告に対し、平成六年一〇月から本判決確定の日まで毎月二五日限り、二二万四九〇〇円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。
三 以上の次第で、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(弁論終結の日 平成一〇年六月八日)
(裁判官 松井千鶴子)